16巻 |
■部長
- 上司・常識人としてのツッコミ役の位置は不動だが、両さんに対抗して見境をなくしていく部長、という位相がすでにみられる (たとえば「すごい!ジャンプしながら6回もひねりをいれたぞ!」[汗は金なり!?]p77) 。
この<いざとなったときの部長の狂気>がもっともおもしろいのは、ヤクザに帽子をうたれ「このやろう!」と拳銃をうつ回だと思うのだが、それは後述。
■麗子
- 15巻から引き続いて、バイクを操る麗子がダイナミックな捕り物を見せる([女の意地!])。バイクや車、銃を自在に操りながらの大胆な行動力は、登場期から現在まで、麗子の基本形。
ただし、こうした麗子に対して、物語は、──この回の本田の「女にしとくのはもったいないぜ」(p21)という評言に最もよく表れている (この後にも散見される)のだが──「男まさり」という位置づけをしている。初中期の麗子の行動力には、<男まさり>と<女のヒス>のどちらかの形容がなされる場合が多いのである。 これはそのまま、『派出所』の女性観(≒ジェンダー)の偏向を示していよう。
[亀有村塾!?]では、プールで両さんに「そういう性質だからヨメのもらい手がないんだ このオッパイオバケめっ」と言われている(p59)。たしかに水着の麗子は胸が大きいのだが、節度があって好もしい。 20巻「■麗子」の項を参照のこと。
■両さん
- [四畳半ライフ!?]を例にとれば──、
いっけん常識人なのだけれど、どこかズレている行動をとるゲストキャラが登場。で、そのズレを埋めようと両さんが親切にするが ( また両さんは、その最初の段階では、そのズレに対してツッコミや批評・批判をしていることが多い。 ) 、両さんのフォローに問題があって ( または両さんたちが気づかないうちに偶然の事故があって ) 最終的にカタルシス的崩壊を迎える、というパターンとなっている。 このパターンの話は少なくない。最後にアンカー(部長の場合が多い)からツッコミを入れられる(=批評される・怒られる・責任・弁償をせまられる・など)のは両さんだが、よく考えると両さんは当初は親切心や常識的判断からフォローをしはじめただけなのであり、読者としては両さんだけが責められるのはいまひとつ納得がいかない。 のちに、この型のヴァリエーションとして、両さんが欲目を出してカタルシス的崩壊を迎えるというパターンも多くなるが、この元のパターンも根強く残るには残る。
この<実は悪くないのにひどい目にあう>パターンが、読者側にサディズム的な笑いを喚起していることを否定はしないが、同時にそのウラには、多少なりとも、少しの善行が周囲に理解されないことそれ自体へのロマンチシズム(あるいはマゾヒズム?それとも殉教主義? いや、ダンディズムか)が確実にあるように思う。
■インチキ不動産屋
- のちにも、寺井の「マイホーム」探しのたびに登場するザンス。でかい蝶ネクタイ、ひげにめがね、いかにもインチキな愛すべき風貌ザンス。
●その他ノート: [クラス会]は、警察官に何の因果かなってしまった両さんと、ヤクザになった幼なじみ・金太とが再会、という、のちの[浅草物語]にもテイストがひきつがれる佳作。最終コマの小ささなど、あまり感動させようと力が入りすぎていないところがむしろいい。 今の稼業を思い直してクラス会に入るのをためらう金太を、こだわりなく店に入れようとする両さんには、やっぱりホッとさせられます。
◎箴言集
- 「最近では“蚊取り風と火楽団”をよくきいてます」 (p33)
もちろんEW&F(アース、ウィンド&ファイヤー)の超訳。「兜虫4人楽団」(ビートルズ)と「回る石楽団」(ストーンズ)が直訳ゆえにわかりやすいことの後にある、「蚊取り」(アース)のさりげないウソっぱちぶりがたまらなくステキ。 この、「三段オチ的細かい芸」については、22巻でも触れておく。
- 「ひょっとしておまえホンダ安全運転普及本部の生徒か?」 (p126)
真顔で言うのがいい。
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17巻 |
■星逃田
- もちろんこの巻は、彼のためにあるといって過言ではない。
個人的な話であるが、引越で『派出所』を段ボールのなかにしまってあった時期にも、17・18巻だけは本棚に出してあったのは、もちろん彼が載るゆえである。
『ゴルゴ13』的劇画世界をとつぜんもたらす力に、この二巻の星逃田は満ちていた。
■中川
- 星逃田登場にさいし、妙に真剣に相手をしている中川がいい。
『派出所』世界における中川のおもしろさを発掘するのも『派出所』読みの楽しみなのだが、このあたりの、一方にギャグをおきながら他方に中川の妥協なき真剣さを対置しているおもしろさ ( p70-3を見よ! ) はその筆頭にあげられるだろう。 「劇画刑事」星逃田は、劇画へのパロディとして登場するけれども、じつは『派出所』における元祖・「劇画刑事」とは、中川のことなのである。次作[劇画刑事・星逃田Ⅱ]では星と両さんがやはりおもしろいが、本作[劇画刑事・星逃田!]でのホントの見所は、わたくしに言わせれば、星のボケに真剣にボケをたたみこめる中川なのであった。
<真剣な中川>のおもしろさは、別の形であるが、[本官は金夢中!]の、「見合いの場合いはそのほかにもいろいろと原因が複雑で…」(p142)と両さんのことを必死でフォローしてるのに全然フォローになってないあたりにも見受けられる。
●その他ノート: [ギア・チェンジ!?]、「団地族」への批評を含む。
◎箴言集
- 「ぶちょう~ 千葉にィ~ ヨモギを~ とりにィ~ いってたのれおそくなりましては~~」 (p158)
『派出所』のほほえましい千葉県観。部長の家の天文学的遠さとか。 作品世界の地理感覚は、下町(23区北東部)がベースになっているので、千葉がバカにする対象となっているが、23区北西部や中央線以北の多摩地区を地理感覚のベースとする人たちにとっては、埼玉県や練馬・板橋がその対象にあたる(はず)。例えば、久米田康治『かってに改蔵』の舞台・練馬区しがらみ町は、埼玉と練馬区の中間(グレーゾーン)に位置することが語られる。関東の地理感覚を持っていれば、これはもちろん笑うところなのである。 『派出所』もいつのまにか、千葉県をバカにしなくなってしまった…。 なお、さりげなく最後がそろばんの「ねがいましては~」を意識させているところ、芸が細かい。
- 「えーとハンドルのにぎり方は8時20分で…」 (p165)
運転中、何かのはずみのこの握り方になるとき、いつもこのコマを思い出しませんか。
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18巻 |
■星逃田
- コメントのしようがない。17巻と18巻の星は、50巻までの御所河原組長と同じく、あらゆる評言を無効にしてしまう存在である。
■両さん
- [劇画刑事・星逃田Ⅱ]、「だれがめでたしめでたしだっこらっ!」の圧倒的なカタルシス。何度読み返しても笑える…。
■本田
- [オレも男だ!]は、このあと脈々と続く本田失恋話の初発。この女性は19巻[恋のマッド・マウス!?]でも登場する。
●その他ノート: [ふたりの本田!?]。のちの[追跡200キロ!]などにも脈々と引き継がれるが、基本的にカーチェイスをかっこよく表現することへの憧れに満ちている。 「直線では260Zのほうが上だ!」(p80)の中川のかっこよさは『こち亀』中、随一。
◎箴言集
- 「背景ばかりリアルではまるでゲゲゲの鬼太郎になってしまうので……」 (p15)
『ジャンプ』誌上で写真のコマはちゃんと印刷で出たんだろうか…。なお、p16-3の構図づくりも涙を誘う。
「大正製薬で「コンジョウ」なんて新薬だしてたのかなあ…」「だめだこの男…」 (p36)
「うさぎくんはゴール手前でひと休み! ウォークマンでイエロー・マジックをききながらねてしまいました。」 (p94) YMOを「イエロー・マジック」と呼んでいるあたりが時代を感じさせます。
「中川さんがんばって なせばなる なさねばならぬ ナセルはアラブの墓の下!」 (p156) ナセル大統領(1918-1970)。
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19巻 |
■部長
- [部下一同より]における【暗転】(p14)が、やけにリアリティがあってよい。
この【暗転】、部長の絶句と驚愕は、部長と両さんのボケ・ツッコミ的関係が決して馴れ合いではないことを読者は知るからこそ、理解でき、それゆえに笑えるのである。
●その他ノート: [両津大明神!?]。p146での部長と両さんのやりとり、
- 「通行中の車を止める警察官の行為にはどういう法的根拠がある? しってるだけいってみろ!」
「そ…それは…警職法道交法などの法律で警察官の気分で車を止める場合につき規定されています つまり憲法でいう国民の文化的生活が守られるようまた刑法の犯罪予防という…」 「職務質問の法的根拠を200字以内でのべよ! さあいってみろ」 「そ…それは昭和31年改正法つまり…その司法職員の職務質問に関する法律により職質の3原則が定められていて…気に入らないやつ素直でないやつ…」
については、別で言及したので参照されたい。
◎箴言集
- 「やっぱりトミーのレッドミサイルにしたほうがよかった…」 (p18)
「正式にはドナ丼とよびます」 (p39) どうしてこういうところにいっしょうけんめいなんだろう。
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20巻 |
■麗子
- [真夜中のパイロット!]は、麗子とパイロットの淡い交流を描く異質な作品。こういうのもあり、という『こち亀』の柔構造。
麗子の胸囲は90センチと知れる([鋼鉄の人!]p57)。このころ「巨乳」という言葉は発明されていないが、たしかに当初から基本設定として胸が大きいキャラではある。のちに麗子のバストは95センチに落ち着いて今に至るようだが、このころの感覚では90センチで十分に大きいことを表していたのであろう。時代による「巨乳」意識の変遷がここからうかがえる。
なお、のちの設定と異なり、この時点での麗子はロシア語に堪能ではないようである(中川も)。これも設定の変更という観点において、それなりの意味を持つ。
■両さん
- [真夜中のパイロット!]に、「本官は不愉快だ!」というセリフがある(p7)。このあたりが一人称としての「本官」が使われる最後のころではないか。
「おとなしくかえれというのがわからんのかこの!」(p16)。一般市民に銃を向けるのも、このころの両さんには珍しくない。 ちなみに、ぼく個人の読者史としていうならば、子どものころは銃のリアリティがなく、銃のリアリティ(=人を殺すモノであるということ)が確立したあとにやっと、一般市民に平気で銃を向ける両さん、のおもしろさがわかったような気がする。 んで、この両さんの面白さを踏まえると、その数倍、両さんに銃を向ける部長がおもしろくなるんですけどね。
●その他ノート: [ガキ大将!勘吉]は、両さんの少年時代ばなしの初期型。基本に在るのは、下町文化へのノスタルジーと、「ガキは元気で上等!」(p142)。
[男たちへ…!]、[親をよべ!]は、「最近の若い者」批判。とくにこの巻の終わりの数話は説教くさい。 『こち亀』が10巻を超え、長期化(もちろん当時においては、十数巻でもう長期化と言っていいはずである)が見えてきたあたりから、すでにこのまんがは、教条性と情報性を身にまといはじめていたのであった。
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(2001/08/23初版。10/09改訂、2002/07/21二訂。2021/09/18再録)