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『GS美神私注』:「ジャッジメント・デイ!!」編 (前) (33巻、34巻)【再録】

あるいは、東京タワー編。ルシオラが消滅する一編である。

■「疑惑の影!!」
03 123 1
「………/どこでもいい?」
 「芦優太郎」の誘いに対して意外にもOKを出す美神。
 この美神のセリフ、「………」のタメがポイントだろう。

 あとになって、一連の出来事は芦優太郎ことアシュタロスの策略だったということがわかる。だが、どこまでが策略だったのかはけっこう問題だ。
 二か月の虚構空間は、アシュタロスが「用意した世界」(p144-2)というが、その世界のどれほどをアシュタロスは統括しているのだろうか。この空間では、「芦優太郎」にギャグキャラ的な【汗】が付せられたり(p100-1、p103-3など)、心内語が示されたり(p94-3、p109-3)、語り手によるナレーションが入ったり(p106-2)、あるいは、これが一番重要だが、美神一人をだますための虚構空間を語らなければならないのに、美神の行動とは無関係の横島とルシオラのやりとりが描かれたり(「もし、あれがアシュ様だったら…/私たち──どうなるの?」p92-6)している。はたして、この横島やルシオラ、美智枝たちの行動もまたアシュタロスの策略なのだろうか。
 合理的解釈をすれば以下のようになるだろうか。この空間は確かにアシュタロスが用意した虚構空間であるが、「芦優太郎」という人物(とその財閥)が仮構されている点のみが、元の世界と異なるだけである。美神を除く全ての人物は、元の世界と同じ思考・同じ感情を持っている。言い換えれば、この「宇宙のタマゴ」の設定は「芦優太郎」と美神を除いて、ほかは全てコピーされている。
 この世界の人物たちは、仮に「芦優太郎」という人物がそこに現れたとしたら、かく行動・言動するであろう、というとおりの行動・言動を行う。「芦優太郎」の存在以外、アシュタロスによる元の世界からの改変は特に意図されていないのである。むしろそうでなければ美神を欺くことはできない。
 こうした世界を設定したうえで、アシュタロスは「芦優太郎」としての行動を通して、美神に「芦」とアシュタロスは無関係と思わせ(p101-1)、仕事と金とを渇望している美神の欲求を満たし、かつ美神を誘惑(?)し(注2)、と美神が「心を許す瞬間」(p144-2)を待ち構えている。
 アシュタロスの策略は、どうもこんなところに落ち着きそうである。*1

 しかし、美神がアシュタロスの策略にあっさり乗ることがあるのだろうか。
 ことに美神は、西条を除けば同年代の男性に対して、強気なようで、その実、初めから必要以上に距離を置いていると思われる(物語ではその辺り、家族関係に原因があるように描かれているようだ。「私と結婚したいだなんて、バカじゃないの?」(4巻p6-2)というセリフが何の他意・含意もなく口を衝いている点も注意される(アシュタロスと金成木財閥の息子を比べてはいけないのかもしれないが))。そういう美神が、芦優太郎の誘いにあっさり乗ってしまうところには、アシュタロスの策略以外にもうワンステップ、別の理由を考えておくべきではないか。それを解くのが、最初に触れた、「………」というタメなのである。

 この「………」は、これより少し前、アシュタロスが「くたばっ」たらしいということになった場面で、ルシオラが横島に抱きつき「よかった!! 本当によかった!!/私たち、もう──なんの心配もなくなったのね……!」(p117-1)と言うのに対して、美神がジトッと横目を向けているコマのフキダシ「……」(p117-3)と、通じあっていましょう。
 ルシオラは「私たち」と言った。この「私たち」とはいうまでもなく、ルシオラと横島である。ルシオラが意図していないとはいえ、ここに美神は明らかに疎外されているわけです。美神は横島を取り込めなくなってしまっている。横島とルシオラがくっついたことによる美神の微妙な感情が、「芦優太郎」との関わりに影響している(誘われても普段なら鼻で笑って拒絶しそうなものなのに、少しためらったあと簡単にOKしてしまう)ということになります。
 「……」というフキダシの一致が、二つのエピソードが相関することを示していると考えられるわけです。
 (ルシオラと横島のいちゃつきもアシュタロスの作為のうちにあった、とは考えないことを付言しておきたい。それは「…うまくいったようだな。」「ええ! この先はもうアシュ様にまかせておけばいい。」(p112-2)という土偶羅とベスパの会話が、横島とルシオラのやりとりとは無関係であるところから証明できるかと思います。)

 そうすると、アシュタロスの罠にかかったかと思われた美神も、その実、アシュタロスの意図した策そのものに100%はまったというわけではないという、奇妙な現象が生じたことになる。ルシオラのことで心が揺れてなければ、アシュタロスに付け入らせるスキはなかったかもしれないのである。
 美神が、自分の性格と状況と感情がこんがらがったなかで、<ルシオラの恋>をうまく感情処理できないこと。アシュタロスとの対立とは別の次元に、ルシオラとの対立を美神がかかえていることは物語がはっきり示しています。ならば、<成長譚>という少年まんがの基本的な話型からいえば、今の美神にとって本来は、ルシオラとの対立こそ何らかの形で乗り越え、解決すべき課題であると考えられます。言い換えれば、アシュタロスにだまされた→アシュタロスを倒す、というのが物語の表面の展開だが、裏面には、横島と美神の関係がルシオラによって不全になった→横島と美神は新たな関係を構築し直さなければならない、という課題が敷かれている、ということです。

 ところが、この成長課題は、先延ばしし続けて(され続けて)いくまま、ついに解決せずに(できずに)ルシオラの退場という形でアシュ編は終了してしまう。
 チャンスが目の前に何度もありながら、向かいあうことをおそれて先延ばしされ続けた<恋>は、いつか<恋>の方からそっぽを向かれてしまうのは世のならい。すなわち、アシュ編後の美神は、物語の恋の主人公の資格を剥奪されてしまいます。これは<ルシオラの呪縛>にほかならない。

01 125 3
「(ま、いーか。)」
 かつて、酔って寝てしまったおキヌを背負う横島を、美神が横目で見ながらつぶやいた、「ま、いいかv」(「スタンド・バイ・ミー!!」23巻p112-4)が思い起こされよう。

 「ま、いいか」という言葉自体は、問題の先送り、あるいは成り行き任せであるわけです。いや、文脈から言えば、意地っ張りと優しさとが絡まった彼女の美質やかわいさを表す言葉ではあるのですが、同時に見方によっては負の側面に受け取られるおそれのある言葉でもあります。
 おキヌが相手である「ま、いいかv」の場合、おキヌと横島の関係は自分の把握できる範疇にあるという安心が根底にあると考えられ、またおキヌ自身が積極的でないこともあって、成り行き任せという負の側面は、美神自身自覚することはないし、読者に対しても顕在化することはとくにありません。

 だが、ルシオラと横島の関係は、美神が把握できる範疇を超えている。また、これまでの『極楽』キャラには見られないほど、ルシオラは積極性を前面に押し出しています(ただし、積極性については小鳩をその先蹤と読むことも可能。これについてはすでに随所で諸氏によって言及されている)。ここに関しては、積極的なおキヌ、と考えるとわかりやすいかもしれない。ルシオラ/おキヌのパラレルがここにもみることができるわけです(→参考、33巻p33-1の項 )。

 おキヌが相手の場合は潜在するにとどまっていた美神の性格の負の側面が、アシュタロスとの対立が描かれるなかではからずも顕在化してしまう。そういうことになりましょうか。美神がアシュタロスの策略に落ちる決定的なコマのセリフが、わざわざ「(ま、いーか。)」と、「スタンド~」編でのセリフをなぞっているところに、そういう含意を読みとってみたいわけです。

 美神が成り行き任せと先送りを崩さないことが原因で、対アシュタロス物語の局面は重大な危機を迎えている。前項にも述べたように<成長譚>的に考えれば、さあここで美神は一皮むけなければならないところだが、それをどうも徹底的に拒否してしまう。美神が? 物語が?

 

■「ジャッジメント・デイ!!」 (前)
01 141 1
「おだまり裏切り者!/私は自分の意志でアシュ様についてくって決めたんだよ!」
 参考、32巻p146-4の項。

01 141 5
「二か月…!?/パピリオの家出のあと……」「まだ三日しか経ってないですよ!?」
 というところで、「疑惑の影!!」の物語が卵のなかの世界であったことがわかる。

01 145 1
「魂とは加工の難しい素材だ。/普通の人間のものでも願いを叶えてやったりと手間がかかる。」
 「デッド・ゾーン!!」編の、
「(おまえのような人間の魂が一番御しやすいのよ。願いを満たせばもう魂は逆らえない──ひとついただきね…!)」 (22巻p69-3)
というセリフと平仄があわせられる。

02 157 2
ぼてっ 「横島さんっ!!」「火事場のバカ力がそんなに続くわけないでちゅよっ!」
 「火事場のバカ力」の直接の射程は、まちがいなくゆでたまごキン肉マン』。ひいては80~90年代『少年ジャンプ』系格闘モノが、徹底的にズラされる。

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「許さん!!/貴様のような下等なゴミにこれ以上わずらわされるなど…!!」
 「GSの一番長い日!!」編で、アシュタロスは、「おまえは私が意図せず作った作品なんだよ。/千年前、おまえにしてやられた時は屈辱的に感じたものだったが──/あとでそれに気づいて──私は嬉しかったよ。」 (32巻p67-2)と言っていたが、結局本質は変わっていないで足下をすくわれる。人間、謙虚さが大事です。

05 38 3
「私、おまえが好きよ。だから…/おまえの住む世界、守りたいの。」
 ルシオラとおキヌとの通底をこれまでにいくつか導き出してきたけれども、その類似に対して、「守る」ための理由は大きく異なる。
 おキヌが「みんなを…/守らなきゃ…」(20巻p129-2)という理由は、「もう…終わりにしたいんです。/誰かが…肉親を失って悲しむのは…!」(20巻p73-1)というところにある。一方、ルシオラはひたすら横島の存在が行動原理である。この違いは、二人のキャラの魅力の違いを示してもいましょう。

 もちろんおキヌの良さを、博愛的というところにまとめてしまうつもりもない。彼女の魅力は、「みんなを」という博愛的な願いとは別に、「生き返ったって…/何百年もたってから生き返ったって…もう…/横島さん…」(20巻p137-2)という想いが頭をよぎってしまうところにこそあると思われるからである。

06 48 1
「この辺でケリをつけましょう、ベスパ!」
 ベスパは「地下鉄に移動したのはポチを逃がすためか……!?」というけれど、もちろん、ルシオラには別の文脈が在る。東京の地理に詳しければ、神谷町駅(p47-1)でピンとくるし、「女同士、ホレた男の未来を賭けて勝負よ!!」(p49-1)のコマではっきりわかるが──ここが、東京タワーのある場所である、ということ。

 ただし、ルシオラはこの場所を自ら選んだのかどうか。答えは永遠に謎のなかです。死地として想い出のこの場所を選んだと見ても、意図したわけではなくともいつのまにかここに惹かれていたと読むのも、たぶんどちらでもいい。

07 71 1
「よ…よし、わかった…! 必ず戻るから待ってろよ!!」
 この約束は、35巻p131で果たされる、と読みます。

07 71 2
「ここでいいわ。ながめがいいし、おまえがあいつを壊せばすぐ見えるから…!」
 「ここでいい」一番の理由を、ルシオラは横島に言わない。

   ○   ○   ○   ○

 自分の「霊基構造」を、瀕死の横島に間引いて与えたルシオラだが、それが死と引き替えである行為であることを横島には隠している。その隠そうとするルシオラの感情の推移と、ルシオラの【目】の表現とは、密接な関係を示しているといえるだろう。

1.)
 p69-3とp70-1では【片目をつぶる】ことが<苦痛>に耐えるルシオラを示している。
 横島は「大変だ…! すぐみんなのとこに──」と言うが、ルシオラは慌てて心配を打ち消す。p70-2。【集中線】とともに【汗】と【鼻の上の斜線】で、慌てが表現されているのは見やすい。

f:id:rinraku:20201129111138j:plainf:id:rinraku:20201129111140j:plain(p69-3,70-2)

 以後のルシオラは、横島を心配させるようなそぶりを見せません。横島を前にしているかぎり、【汗】はルシオラには付されていない(後掲)。これが、横島から見えなくなるp73-1、p73-3になるとルシオラに付される。

f:id:rinraku:20201129111132j:plain(p73-3)

いうまでもなく、汗の有無が、あえて横島の前で苦痛の表情を見せまいとするルシオラの心情を示す比喩表現になっている。

2.)
 加えて、p70-4・p70-5・p71-2のルシオラが【片目隠し】である意味に着目したい。単にかっこよくルシオラを描いているだけではない。

f:id:rinraku:20201129111124j:plain(p70-5,6)

 p69-3・p70-1ではつぶっていた【片目】が<苦痛>を表していたことを思い起こされたい。つぶった【片目】(=<苦痛>)が、【斜線】で隠されること。ルシオラが<苦痛>を必死に隠しているという含意が導き出せないだろうか。
 これを踏まえると、p71-2の、片目を隠しつつ、にこっ.と笑いかけるルシオラのコマはさらに重い。

f:id:rinraku:20201129111126j:plain(p71-1,2)

 表現は連環して心情の推移を描き出す。

3.)

f:id:rinraku:20201129113916j:plain(p71-4)

 「がんばってね。」と横島に言葉をかけるp71-4は、ルシオラの【両目】が見えている。ルシオラにとっては、これは横島への最期の言葉のつもりだからだ。
 ルシオラは最後のつもりで気を張って横島を、【両目】で見送ろうとするのである。【片目】を2ページ分積み重ねてきたあと、ここが【両目】である意味を汲み取りたい。

4.)
 だが、もう1コマ、ルシオラが「大丈夫…!!」と笑う、p72-3が残っている。

f:id:rinraku:20201129111129j:plain(p72-3)
 これも【両目】が見えているけれども──しかし、p71-4と、このp72-3とは等価値ではないだろう。
 p71-4は、【両目】を見せているとはいえ、【鼻の上の斜線】が付されて、ルシオラのある種の気負いが感じられるようです。けれど、p72-3ではその気負いさえ消えています。
 この違いの淵源はどこにあるか。たぶん、p71-4は、ルシオラが用意していた表情なのだ。けれどもp72-3の笑顔は用意していたものではない。横島が「お、おうっ!!」と去りかけたあと、立ち止まってルシオラにもう一度声をかけたのは、ルシオラにとっては予想外の展開だったのだから。
 横島に気づかれないままに別れを告げたつもり(p71-4)が、横島は立ち止まり、ルシオラに「本当に…大丈夫だな?/ウソだったらただじゃおかねーからなっ!!」と、再び心配の目を向けた。淵源はここでしょう。ルシオラは、自分の思惑のとおりにこっそり最後の別れを告げたはずが、自分の思惑を超えて、横島の、変わらない優しさに触れてしまう。ルシオラに全ての苦痛と気負いを隠させて、笑顔を可能にさせたのは、横島の優しさだったのではないか。そして、優しさがあるからこそ、優しさを与えてくれた相手に、ルシオラは最高のウソをつける。最高の笑顔を投げかける。そう読めるのではないだろうか。

07 73 4
「ウソついたこと──/あんまり怒らないでね……」
 横島の去ったあとのルシオラ。このコマはルシオラの視点に即して描かれている。

f:id:rinraku:20201129111134j:plain ルシオラが、いま地上のどこかを走る横島を幻視しながら、その横島に向けて、言わなかった本当の別れの言葉を投げかけているコマです。
 そしてさらに、次の瞬間、ルシオラはかつて二人で見た夕陽を幻視します。

07 74 2
「一緒にここで夕陽を見たね、ヨコシマ……/昼と夜の一瞬のすきま──/短い間しか見れないから……きれい……」
 ルシオラ消滅。次編に続く。

(2001/04/01。04/02改訂。03/08/17新訂。20/11/30再録、語句修正。引用は椎名高志『GS美神 極楽大作戦』(小学館<少年サンデーコミックス>、1992-99)、文中で同作の画像の引用をする場合はkindle版による

*1:ただし、合理的解釈がいかに可能であっても、わたくしの感想としては、この「疑惑の影!!」編は、一般のまんが読みが普通に体得している<まんがを読む際の約束事>に対して、重大な侵犯をしてしまっていると思う。セーフととる解釈も確かに可能なの(だし、そのための布石がいくつか打たれていることも頭ではわかるの)だが、仮にそうであったとしてもそこに<だまされる快楽>はなく、ある種の気持ち悪さが残ってしまう、というのが偽らざる心境です。