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他撰本 御所河原組長集(1)

 秋本治こちら葛飾区亀有公園前派出所』において、星逃田に並んで、本編中ぶっちぎりの異彩を放つキャラクター・御所河原組長こと御所河原大五郎
 日本韻文史上・文学史上に孤高の位置を占めると思われる、その<うた>の数々をここに収録した。
 読者の理解のために簡便な評釈を付す。

 

   海をながめて一句

01 海は広いな大きいな いってみたいなカムチャッカ半島

 政「名人級のお句でした」

【初出】 「週刊少年ジャンプ」(集英社)1981・38号。

【初刊】 『こちら葛飾区亀有公園前派出所』26巻(集英社ジャンプコミックス、1983)「CCライダーの巻」。

【評釈】

 記念すべき、御所河原組長初登場の巻。

 私たちが目にすることのできる組長の句として最初のものであるが、この時点にしてすでに句境は絶妙の域に達している。

 とはいえ、組長自らは「一句」などといいながら、俳句なのか短歌なのか定かではなく、定型詩とはいいがたいあまりに破調・破格の、歌・句だらけである。だが、そこにこそ何にも変えがたい魅力があることはいうまでもない。

 大海を眼前にして、その広大さへの感動をすなおに表し、しかしその感動にとどまらず、海をたどっていったはるか先の、遠きカムチャッカを想う──組長の非凡なる野心もウラに読みとることもできる、スケールの大きなうたである。

【参考】

○「海は広いな 大きいな 月は昇るし 日は沈む」 (「うみ」林柳波作詞:文部省唱歌) 

 

    もう一句

02 海ゆかば 山ほととぎす 白血球

03 たごのうら うちいでてみれば しらたきの われなきぬれて カニとジャンケン

 政「すばらしい 組長でないと考えつかないようなおことばでした」

【初出】同上。

【初刊】同上。

【評釈】

 02はとりわけ難解である。表現技法としては、「海」と「山」が対置され、「白血球」が句全体を引き締めている。

 初夏の自然描写からとつぜん自分の体の健康状態へ思いをきたさせる。

 「山ほととぎす」は、元句「目に青葉 山ほととぎす 初がつを」以来、「はつ」を導く枕詞であるが、それを「白血球」と結びつける氏の独創は高く評価されてよい。*1 

 03は「しらたき」、「なきぬれ」、「カニ」は「田子の浦」の縁語。

 氏の、現在の容貌・職業とは裏腹な、ナイーヴな青少年時代を思わせる佳作だろう。「カニとジャンケン」の体言止めによる余韻がことに効いている。組長の左腕、政の評はきわめて適切である。

 また、広く国民の人口に膾炙している啄木歌を<本歌取り>していることはいうまでもないが、啄木の「蟹と」の「たはむ」れもまたジャンケンだったにちがいない、という組長独自の解釈も盛り込まれていると思しい。

【参考】

○「[…前略…] 海行かば 水浸みづく屍かばね 山行かば 草生むす屍かばね 大君の 辺へにこそ死なめ 顧かへりみは せじと言立てて […下略…]」

(『万葉集』巻十八・4094・陸奥国より金を出せる詔書を賀ほける歌一首・大伴家持

 ▼我が身を顧みず、大君に命を捧げる覚悟で仕えよう、ということ。戦前戦中、「海ゆかば」として歌曲化されて広く知られる。

○「目に青葉 山ほととぎす 初がつを」 (『あら野』巻一・杜ほととぎす・素堂)

○「田子の浦に うち出いででみれば 白妙の 富士の高嶺に 雪は降りつつ」 (『百人一首』・山部赤人*2

○「東海の 小島の磯の 白砂に

  われ泣きぬれて

  蟹とたはむる」 (石川啄木『一握の砂』)

 

   一句

04 夏の海 ひねもすのたり 松太郎かな

 政「おみごとです! 組長」

【初出】同上。

【初刊】同上。

【評釈】

 夏の海を見るのたり松太郎を想像させよう。

 「のたり」は「ひねもす」と「松太郎」どちらにも掛かる。

【参考】

○「春の海 終日ひねもすのたり のたりかな」 (須磨の海にて・蕪村)

○『のたり松太郎』(ちばてつや

【補注】

 御所河原組長、初登場。ただし、この段階では本名、組の名などは明かされておらず、それがわかるまでには、31巻まで待たなければならない。

 なお、組の若い者が「若い青春の組」と自称しているが、それが組の名かどうかは不明。

 組長の背中には、アラレちゃん(「んちゃ」のフキダシつき)のイレズミが確認できる。

(以上2000/08/27初出。08/29改訂。2018/6/20再掲、字句訂正)

 

 05 すずめの子 そこのけそこのけ やくざが通る

【初出】 「週刊少年ジャンプ」(集英社)1982・31号。
【初刊】 『こちら葛飾区亀有公園前派出所』31巻(集英社ジャンプコミックス1984)「バイク時代!の巻」。
【評釈】
 これは厳密には、御所河原組長作とはいえない。世上(特に小中学校)に流布している句であろう。校注者も小学生のとき、この句に触れた覚えがある。
 とはいえ、自らがやくざにほかならぬ御所河原氏が詠むと、それだけで受け手にとっては、圧力をおぼえる句となる。「すずめの子」(=一般人=弱者)、に対して、自らの権威づけのためには、徹底して高圧的な態度を持ちつづけなければならない、という孤高の主張が叫ばれていよう。
 ちなみにこの回は、御所河原氏のやくざ観が十全に語られる回でもある。

【参考】
○「雀の子 そこのけそこのけ お馬がとおる」(小林一茶

 

06 気をつけろ極道小町ドスッ
   大衆「す…すばらしい! じ…じつに」
    政「じつにいいお句で……」

【初出】同上。
【初刊】同上。
【評釈】
 これも05と同想の句。ただし、こちらは女の立場に立った句とも解せる。
 「ドスッ」は、京都弁の<丁寧>の助動詞「どす」と、やくざのシンボルのひとつ、「ドス」(短刀)とが掛けられている。いわゆる<掛詞>であり、「どす」は「極道」の<縁語>。
 なお、ここでは引用元の「赤道小町」が「極道小町」というふうに換えられているけれども、類似の例としては、ながいけん神聖モテモテ王国』でのファーザーの言葉の「国道1号線(東海道)」→「極道1号線(任侠道)」も思い浮かぼう。こちらの言語感覚の非凡さも注目されてよい。

【参考】
○気をつけろ 車は急に とまれない (交通標語。出典未詳)
○「赤道小町ドキッ」 (山下久美子

 

(番外)
 「ウォホン じゃああいさつを
 する前に小話をひとつ……
  隣の家にブロックベイが出きたそうで そりゃお前さんおむすび山だ!がちょーん」
 政「さすが一芸にひい出てますな」
 組長「わはは そうか
 もうひとつあるぞ
  となりの…」
 政「組長! ワンマンショーじゃないんですよ その辺でやめて下さい!(汗)」 

【初出】同上。
【初刊】同上。
【評釈】
 なんと、小話までも自在に操ることのできる、ウィットにとんだ人物であることが、ここで明かされる。
 ちなみに、「おむすび山」というのが、時代を感じさせて好もしい。

【補注】
 政によって「御所河原大五郎」と紹介され、初めてフルネームがわかる。

(2000/08/28初出。2018/6/20再掲、字句訂正)

*1:Shimaさんのご指摘をもとに増補した。2000/08/29

*2:もとは『万葉集』巻三(318)所収の赤人歌「田子の浦ゆ……真白にぞ……雪は降りける」。03の三句めが「白滝の」となっているので、万葉歌「真白にぞ」によるとみるよりも、『百人一首』所収歌「白妙の」から連想がはたらいていると考える方が妥当だろう。