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『こち亀』野郎!―『こち亀』追跡200キロ:21~25巻

 『週刊少年ジャンプ』では『こち亀』の日暮登場回が掲載されるらしい。そういえば以前、秋本治こちら葛飾区亀有公園前派出所』(集英社)に関するノートを書いていて、今読み返したら日暮についても触れていた。以下、そのページを再録する。 

21巻

両さん
津将棋教室]、将棋のうまい両さん。常識では考えられない手でプロを感心させる、というのはのちにも引き継がれるパターンである。
星逃田
い子たちへ!!]p26-2、警視庁の廊下を歩く星の後ろ姿のコマ。このコマを、次のページを読んでから改めて読み返すと、じつはこのときの星は、「おれは反射的に銃をぬいてしまう本能がある」ことを演じるために必死にタイミングをはかっている、と読むことができる。愛すべき男だ。
 後ろの人が立つと反射的に手を出してしまう、という、いわずとしれたゴルゴ13ネタは、のちにもちがうキャラクターを借りて何回か見える。

 次の[ボクたち強い子!?]にも星が登場する。出演頻度からいえばサブキャラクター的な位置づけになってきているけれども、それと引き替えに、もはや17・18巻のコマや画風を暴力的に変えてしまうほどの力は持たない。
■中川
あ羽田にいきましょう!」([メンソーレ]p69)の容赦のなさ。だいぶ両さんのことをわかってきている。「羽田につくまでダメです」(p71-5)はそのバリエーションで、表情を見せずにシビアにツッコミをしている(確信犯的まんが表現)。
 部長のそれとは質が少し異なるけれども、中川もまた、両さんの常軌を逸した行動を、予測しうる・理解しうる・ときとして管理しうる・キャラクターなのである。

 中期以降の中川は、このシビアさを忘れてしまっているようだ ( 両さんが他者から、諫められたり、報復されたりするようなシチュエーションのときにも、中川が汗をかいていたり、解説してしまったりすることによって、その行為や存在じたいが要らざるクッションとなり<笑い>を阻害してしまうことが往々にしてある ) 。こうした中川の立場の変化は、両さんにツッコミができるキャラが中川以外に出てくることと無関係ではないか。
■本口リカ
巻では二回登場しているが、麗子が同時に出演していないときというのがポイント。本口リカのここでの意味は言ってみれば「17歳でミーハーな麗子」。
■本田
田までも…ミイラとりがミイラになりおって!」([メンソーレ]p99-4)と部長に言われるように、両さんの行動に巻き込まれる本田像がこのあたりから提示されはじめる。
 23巻では、両さんの商売を手伝わされている([鬼のかく乱!?])。これもまた、今後、本田の基本的なキャラ位置になることはいうまでもない。
■日暮
暮の記念すべき初登場、[うらしまポリス!?]。全国の少年…というより元・少年たちは、オリンピックの年になると日暮の再登場を夢見て胸躍らせる。その期待が大きいだけに、いざ登場回を迎えても、日暮の活躍より両さんがクローズアップされていると、なにやら一抹のさみしさが胸のなかを吹き抜ける。

「どうも日暮です 私キャンディーズのファンです 今度コンサートみにいきましょう」「そうですね…」
「“およげタイヤキくん”のレコード買いましたか? 今度“タコやきくん”もでるそうで…」「もういいおまえの話題は古すぎる」

という<四年ひとむかし>ネタは、のち日暮の登場ごとに話題を変えて繰り返される。全世界の元・少年たちは、四年ごとに、このやりとりに時の流れの早さを感じ入る(はずである)。
■その他:
口リカ登場!!]p123-1の丸囲みのコマとかを見て思うのは、初期『こち亀』がたまに見せる、圧倒的な「固さ」「ぎこちなさ」って何なんだろうか、ということ。
 この巻で他に例を挙げれば、「迷子のワシにわかるか!バカッ」([メンソーレ]p81-4)なども、話のはじめのページで前回から続く状況の説明と導入の役割をするためのコマなのだ、と頭ではわかるけれども、両さんが声を張り上げているテンションの高さのわりには、声を張り上げるだけの必然性は見出しがたく、しかもおもしろいわけではない。「回のはじめには状況の説明をする」という愚直なまでの規範意識だけが先行しているように思われる。
 実験的な回、まんがの枠組みを崩して遊ぶような回がたまにあるかと思えば、しかしオーソドックスな作り方は、当時においてもおそらく一昔まえの<まんがの様式>に、愚直なまでに忠実。このまんがが120巻を超えてなお続いている理由の一つは、こういうところにあるだろう。



◎ノート:
「まっ 志村けんが女装したような感じかな」 (p66)
 p80に後ろ姿だけ見せるその見合い相手が、ほんとに女装した志村けんであるところとセットで。「ような感じ」じゃなくてまんまである。そういうツッコミをこのコマは待っている。


22巻

■部長
嫁の父]にて、娘のひろみが角田青年と結婚。花嫁の父としての悲哀を見せる。これで部長の肩の荷は、両さんの将来を決めることのみとなり、──そのまま肩の荷は降りずに現在に至る。
■麗子
のこり…]で両さんのことをフォロー。「でも人すきずきで両ちゃんを魅力的だと思う人がいると思うわ」「江戸っ子気質で金はためないのが主義じゃないの 生まれつきよ」(p121)。
●その他
ッピーバースデー!?]と[カミカゼ・ポリス]、こういう「むちゃくちゃな手段なんだけど人助け」という話も定期的に見える。前者は、線路を走るバスが駅に律儀にとまってドアまで開けているコマ(p94-1)がよい。
 なお両さんは船長に、「ははは このままハワイにでもいってみるかい?」と言われているが、のちに両さんはじっさいに、いかだでハワイへ、屋形船でガラパゴス諸島まで行ってしまったりもするのだった。
◎ノート:
日は娘さんを嫁にだされぶじ初七日もすみましておくやみ申し上げます」「わけのわからんあいさつはあとにしてさっさとこい」 (p122)

道(てつみち)です ふだんはキハ82とよんでます うちの犬はキヤ190でネコが市電4100型といいます」 (p148)
 市電4100型…。「キハ82」→「キヤ190」→「市電4100型」も、16巻「兜虫4人楽団」→「回る石楽団」→「蚊取り風と火楽団」もそうだが、みっつめの微妙なズラしが楽しめれば上級者。
 なお、このとき「D51」にされた両さん、p152であたりまえのごとく「D51さん」と呼ばれていたりもする細かさ。


23巻

両さん
きめきの日]で、おでんを頼んだ直後、両さんを見かけてそっと逃げようとしたボーナス泥棒に、「せっかくつくってくれたんだ たべていけよ」(p41)と声をかける両さん。この回、結果的には、泥棒逮捕という手柄も正義のためというより自分のためだった、というのが笑いどころになっているが、それはそれとして、ボーナス泥棒逮捕のきっかけが、ばあさんのことを気をかけたことに端を発していること。こういうさりげないところに両さんの魅力がある。
 ここには、金さえ払ったら何をしてもいいというわけではない(とくに食べ物については)、という人として最低限の規範をきちんと守らせる両さんがいる。
■部長
の巻では[サバイバル新年]が部長の真骨頂。両さん曰く、「部長とは18年間もつきあっているからな! わしの裏も表も全部しりつくされている やばいなあ」(p95)。
 中川も両さんの常識はずれな行動を理解・予測できる者だけれども、部長の両さんへの熟知ぶりとシビアな対応ぶりにはかなわないというのが、この回を見るとよくわかる(中川は部長のやり方にさすがに汗をかいている。たとえば「わはは びっくりしたらしいな」「そりゃびっくりしますよ」p95-5など)。
 バルサンを焚いて、しかもでてくるタイミングさえ熟知している(p98-4)のもすごいが、廊下に置いてやった食べ物が、サイコロキャラメルたべっ子どうぶつ!(p96-5)。
■本田一家
光の本田家!]で本田一家が紹介される。ちなみに、このとき妹の伊歩は未出。本田父、「あんたエンジンオイルでも…いやお茶でものむかい」「いやけっこうです」(p108-4)。
●その他
がよけりゃ]、このあと頻出するクイズネタの初発。問題のくだらなさと、答える間がいい。


◎ノート:
「秘密の出入口からにげよう」「ここが漫画のいいかげんなところだ」 (p19)
 中川の真剣さがポイント。逃げられたあと、いきなり一人8役やってしまう両さん



24巻

星逃田
レタラの母得意技の真空とびひざげり!」「ウレタラの母がとびひざげりをするかっ(汗)」([正義の使者!]p12-1)というやりとりには、そこはかとなく『Dr.スランプ』のテイストも感じる。
■後流悟十三
に続くゴルゴ系キャラ。星逃田が「劇画」の雰囲気全体をパロディとするならば、後流悟十三は、キャラとしても、章立ても、分業制的スタッフロールも、「(………)」の多用も、よりタイトに『ゴルゴ13』世界のパロディとなっている(──などと言うまでもないことを言ってしまった)。
 ところで、麗子に「後流悟さん…」と話しかけられたあとのコマ、
「は はい/(…………)」(p50-4)
における後流悟の
「(…………)」
は、『ゴルゴ13』を積極的に引用して読み込むべきであろう。つまり、『ゴルゴ13』では、ゴルゴに協力的な妙齢の女性キャラはたいがいゴルゴとベッドをともにすることから類推して、ここでの後流悟の
「(…………)」
は、そういう展開になることを期待しているもの、と読める。顔を赤くしているのでそうみてまちがいない。
両さん
い子どもの前で危険な暴走をした不良を捕まえ、本田は子どもの前で土下座で謝らせる。また、学校にたまった不良たちに両さんは、「警官もクソもねえよこのやろう/まだガキのぶんざいでそれが目上にいうことばか!」「うしろからやるとは男のクズだなこいつ!」と言ったりする([暴走学園!])。
 両さん(や本田)の魅力の一つとして、はちゃめちゃな行動をする反面、人と人との関わりのなかで最低限のモラルについて守らない者は許さないことが挙げられる。もちろんそれは、親や教師が教え諭すというのとは違うあり方として。

ャグ・エイジ]では、時計の修理をする両さんが見える。このころから手先が器用という属性が積極的に示されるようになる(ただしここで修理した時計は中川いわく、「すごくうごきが早いよ みるみるうちに時間がすぎてゆく」p122-7)。
 また、手先が器用というのと同時に、「プラモつくりながら力つきて寝てるよ!」([親心…]p176-5)というように、プラモをつくる両さんもまたこのあたりから描かれはじめる。折からの「ガンダム」ブームにあわせてか、両さん<手先が器用+プラモ+おもちゃ>三位一体属性の始発期といえよう。
■部長
心…]で、娘・ひろみとその夫の角田の新居を、両さんと訪ねる。嫁に出した娘が気になるけれど、立ち入るのもためらわれる、という、父親の心が見える。そして、なんだかんだ言ってもそういう部長の胸中を理解している両さん。それを聞いたひろみの、父を思うカット(p192)も印象的。
 終電まぎわの商店街を、笑いあいながら二人並んで次の店に向かう、電車と踏切の音しかしない最後のコマもあわせて、時々読み返したくなる佳品。両さんのあつかましさゆえにとんとん新居訪問の話が進んでしまっていく前半部のおもしろさと、後半のしんみりさがうまく絡み合う。
 『派出所』のなかの「いい話」としては、[浅草物語]などが人気が高いらしく、[浅草物語]も確かにいいとは思うが、「いい話」ならば私はこの回を推す。
●その他:
 YMOとガンダム関係の書き込みが多い。「ザク ぐふっ」(p106-1)とか。

◎ノート:
「歩の成りか…」 (p78)

「ちゃんと動くんですか このやつ……」「あたり前だ 保証つき! とまる寸前までうごきつづける」(p122)
 なおこの保証書は、 「ほしょうしょ このとけいは3年かん 止まらんと思う 両津工業(K.K)」 とのこと。

「すいませんスーパーカブさん」「こいつ相当おかしくなってるぞ」(p165)



25巻

■両津家
津家の人々]で父・銀次と、弟・金次郎が登場。銀次が描かれたのは二度目。
■部長
しの大切な帽子を!/ゆるしちゃおかんぞ!!/このやろう!!」「すごい撃ち方だ!!」「本当に警官か!?」([サイド・ビジネス]p116)
 いざというときの部長の狂気。数週まえに嫁に出した父という人情話やったすぐあとにこういう部長を見せる。
 部長の狂気といえばこのコマがベストだろう。「本当に警官か!?」というヤクザのツッコミがあまりにまっとうで笑える。
■麗子
田海彦に語る言葉に、「自分の思う通りに生きていていつも明るく人生を楽しめる人よ うらやましい」([わたしの両さん]p133-1)とあるように、両さんへの憧れを隠さない。22巻ですでに両さんへの好意は見て取られたが、恋愛感情そのものとは言わずとも、麗子が両さんのことをこう評しているのは注目されよう。
 とはいえ、最初海彦に連れ去れる麗子が両さん「両ちゃん助けて」と助けを求めてるわりには、両さんは海彦が捨てたダイヤを必死に探していて聞く耳を持ってさえいないけれど。


◎ノート:
「おや? 金があった…? いつの間にポケットに…/買う買う 6万あるから6丁くれ!はっははは」「大胆な買い方する人ね」(p155)

(2001/08/28。02/07/22二訂。21/07/15再録・語句一部修正。)