"Logue"Nation

ローグネーション。言葉と図像を手がかりにまんがを「私」が「読む」自由研究サイト。自費持ち出しで非営利。引用画像の無断転載を禁じます。

『GS美神』私注:「グレート・マザー襲来!!」編その他(29巻)【再録】

あるいは、美神嫁姑戦争編。横島母・百合子が初登場し、横島のルーツが知られる一編である。 

■「絶海絶命!!」
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「誰が横島の2号よ──っ!?」「えっ!? 私が3号なんですか?」
 注目したいのはおキヌのセリフ。
 ほかでも書きましたが(「横島、ルシオラ、「長いお別れ」」)、いろんなキャラや、なによりも物語が、<美神─横島>ラインを「運命」的にあたかも必然的なものとして結びつけていく方向を示しているなか、おキヌは自らそれを覆すべき「異議申し立て」をしていて、これは、その有力な一例。

 で、少しあとになるが、[もし星が神ならば!!]の、「横島さんフケツ──ッ!!」(38巻P130-3)というのもこれと同じではないか。というのが私見です。
 織姫に「変身能力」があると聞かされたこのコマでは、美神もおキヌもシロも、「横島はここぞとばかりに自分の(美神の/おキヌの/シロの)姿に変身させるに違いない」と、それぞれがそれぞれで勝手に<妄想>して疑わないのである(だから、タマモだけはあんまりこの事件では必死ではない。P139-2,3の表情を参照されたし)。実際は、織姫は美神の姿に「変身」するのだけども、それに目を奪われて、最初の段階ではおキヌもシロも勝手に<妄想>していることを読み流してはもったいない。ウラを返せば、それぞれがそれぞれに、横島との関係を求めている証左といってしまっていいのだ。これもまた<美神─横島>ラインへの「異議申し立て」の一つなのである。38巻p130-1の項、参照。

02 35 2
「今のうちに逃げるのよっ!! 煙を吸ったら私たちも浦島太郎よ!!」 ぐいっ 「た、助かった──!!」
 美神は「ぐいっ」と手をつかむ。おキヌの「きゅっ」(27巻P91-3)と好対照。

 

■「グレート・マザー襲来!!」
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ドスッ
 当編は「父帰る!!」編(6巻)に対応している。この包丁のシーンによって、かつてのナイフのシーン(6巻P59-5「ドスッ」)が想起され、対応が促される。

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「学歴なんか別にいいよ!! 俺はGSになるんだからな!!」
 美神の前では、「GSになる」なんて真顔では言えないセリフ。
 将来GSになるということを本気で横島が考えはじめているともとれるし、または美神やおキヌと離れたくないからこういうセリフがまず口をついたともとれる。【笑い眼】であることも考えあわせつつ。

 「将来っスかあ…? ま、一応は。/美人の嫁さん手に入れて、退廃的な生活したいと思ってます。」「ちっとも考えとらんじゃないか!!/GSのバイトっていうが、卒業後はGSになるのか?」「え。/考えたこともなかったなー。特殊な才能の要る仕事ですからねー。/まーアシスタントに生まれた俺は一生アシスタントっスね!!」「笑っていうセリフか…!?」(9巻P146-3)などと言ってたころもありました。

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「OLにはちがいないが「ただの」じゃない!」
 ゆうきまさみ機動警察パトレイバー』(小学館)の「黒崎」。

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「常識を超えた直感力と行動力で何をしても会社に貢献してしまうスーパーOL!!」「す…すーぱー…?」
 快作「嵐を呼ぶ男!!」編で、横島は意外な商才を発揮していた(「横島さんの作戦が大当たりなんです!」17巻p125)。はやく「父帰る!!」編にて、横島父・大樹の非常識なまでの商才が明らかにされていたが、ここで横島母・百合子の超常識な商才も知れる。横島の商才は両親の血を引く。

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「ど…どっちって… あえて言うなら両──」
 「両方」というのは、ちょっと意外な発言。
 文脈を重視すれば、次のセリフ「両方なんてチャランポランな答え許さないわよ!? 父さんじゃあるまいし!」を導くための前フリと考えればまあスッキリするのだが、ただ、「あえて」といっているように、どっちなのかと改めて言われると横島もそれほど真剣に考えているわけでもないことが重要か。

 ちなみに、天秤にかけられている二人の姿勢の違いは、そのまま横島が二人に抱いているイメージの違いをはっきり表している。ポイントは【足】よりも【腕】の【角度】。

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「おキヌちゃんは誰にでも優しいとこあるし、美神さんはあんたのこと全然相手にしてないじゃない?」
 P70-2の(…平気に決まってるよな…)もそうだったけども、横島はこの百合子のツッコミに対して、その通りだと<思いこむ>。
 じっさいは、美神は自分の母親のことがあるから引き留めないし、おキヌも「ニューヨーク」へ行くということをそれほど切実に考えていたわけではない(隣の県ぐらいに考えているっぽい)。
 なお、そのおキヌの心内を示すP82-3~5のコマはまんがならではの方法。

f:id:rinraku:20201123101620j:plain【点線枠】で横島の回想であることをはっきり示しながら、(ニューヨークってどこかしら。)という、横島には知ることのできないおキヌの心内が、読者にだけわかるという構図のコマになっていて、横島が誤解していることが、読者にだけ自然と読み取られるわけである。その方法もきっとまんが史の中で脈々と形成されてきたはずなのでしょうが。

03 89 1
「別れがあるから出会いはいとおしいんだし──」
 このコマ

f:id:rinraku:20201123100813j:plainが、上の項で挙げたコマの二コマ前(P86-4)、おキヌの決意のコマ

f:id:rinraku:20201123100804j:plainと、顔の方向(構図)が一致する。
 また、P86-4で用いられた背景(【コンピュータ処理の渦巻き】)は、(ヨコシマクンガ──イナクナッテモイイノ…?)(P90-1)の背景に再び用いられる。つまり、引き継がれる。
 おキヌの横島を引き留めたいという決意は、彼女が酒に呑まれて口に出ることはなく終わってしまったが(「酒に呑まれる」=「残念ながら、まだ<大人>には勝てない」という喩。<大人>になれば勝てるかもしれないという可能性を残してもいる)、おキヌの決意のコマ(P86-4)を、美神は同じ構図(P89-1)・同じ背景(P90-1)の二コマをかけて、引き継いでいくわけだ。

03 90 2
(俺がいなくても、平気ですか、美神さん。)

f:id:rinraku:20201123100758j:plain これは、わたくしは当初、実体的な横島とは読んでいなかったのですけども(つまり、単なるP71-1の繰り返しとして軽く読み飛ばしていたのですけども)、違いました。
 これは、百合子の横で座っている横島そのものです。
 次のコマの百合子の視線は、左(正面から見ると右)を向いている。

f:id:rinraku:20201123100801j:plainここでいったんP86を見ると、<左を向く百合子>は、この場では常に、横島を見ること、あるいは、母の眼で息子の内心を探ることを指していることがわかります。このコマもその流れで読んでいくべきではないか。そうすると、横島の真剣な顔を見て、その内心が何なのかを推し量ろうとする百合子の姿として、このコマが見えてくるはずです。

 そして、先述を踏まえたうえでいえば、このコマでの横島の顔の方向(構図)も前の二人と同じであり、三つの心内表現がお互いに通底していると考えることができましょう。

 なお、日本のまんがの多くは左を順や未来とするベクトルを持つことを踏まえれば、「別離の未来への進行とそれへの逡巡」が、<正面左向き(左へのベクトル)+ためらいの記号(おキヌ=黒バック+「……」(内話)、横島=黒バック+内話、美神=顔への影の付与)>という三者のコマの通底で示され、横島の胸中を推し量りその未来への進行をとりやめる(横島を連れていかない)予感を正面右への視線(右へのベクトル)をむける百合子のコマで示し、さらに、それを別の理由で止めることへの予感を、正面右向きの大樹のコマで示す、というように読むこともできる。左・左・左⇔右・右 というベクトルの拮抗である。

03 90 4
「「ユリは明7時N.Y.に出荷する」 何の暗号だ?」
 さて、これは誰が送ったのか。
(1)横島 (2)美神 (3)おキヌ (4)百合子 (5)その他
答えは五項目下。

04 102 3
「そーいうことじゃないでしょ!? 何、これは…?」「は?」
「ちょっとやりすぎじゃなくて、美神さん?
ウチの息子を自分の所有物みたいに扱うのは感心しないわね。もうおたくの部下じゃないんだから未練がましく身内ぶるのはやめてくださいな!」「な…」
 なかなかに深いもんである。初読時に「おっ」と思ったものです。
 おキヌと横島の言葉にあるように、結果的には、擬似的な「嫁姑関係」の確執をギャグに仕立てあげた話となるわけだけども。この百合子の一言で、それまで主としては横島を中心としていた物語展開が、確定的に、美神の話になってしまいました。

 正統的少年まんがの男主人公の<母親>というのは、多くは、包容力に満ちた、いわば<聖母>的形象がされるわけでして(またはガミガミ怒るだけの機能を持たされた<母親>、或いは完全に子どもに無関心な<母親>)、で、だいたいは男主人公の(彼女的)相手の女主人公にも優しい眼を向けることが多いけれども、そんななか、息子にツッコミを入れる(彼女的)女主人公とみるみる対立する<母親>を描くこの展開はなかなかおもしろい。私に言わせれば、「スーパーOL」だろうがなんだろうが、こういう母親のほうがホントだろう、と。そしてこの<母親>がいざとなったらこの相手を息子の相手としてしっかり認めるであろうこともいうまでもありません。

 ちなみに、「聖母」的な幻想の<母親>像だけが一人歩きしてしまうと、「このタイプのマザコンの息子の嫁にいくと、女性は苦労します。だって、戦う相手が「理想の母親」なんですから。まさに、息子の「神」と戦わなければならないわけです。宗教戦争ですからね。このタイプの息子は、「母親とはこういうものだ」「女とはこうすべきだ」という教条を振り回すのです。」(鴻上尚史『鴻上夕日堂の逆上 完結編』朝日新聞社、1993。たぶん上野千鶴子あたりの影響が濃い。)

 「聖母」的「母親」像については、アニメや特撮などのメディアに現れる<女>を明快に4分類した、斎藤美奈子『紅一点論─アニメ・特撮・伝記のヒロイン像─』(ビレッジセンター出版局、1998・7)も参照されたい。
 ある年齢以上の女性をアニメや特撮が表現するとき、<母性>が純化されて<母>とされ、この<母>は<男>を無限に許容してくれる存在。一方で<男>が相容れない・理解できない部分は、「中年のオバハン」的<悪の女王(または幹部)>に形象されて、倒すべき相手として刷り込まれる。そこには両極端の方向でしか、ある年齢以上の女性は存在させられず、現実的・実体的な中年<女性>像は決して描かれないことが厳しく批判されていて痛快。

 では『極楽』ではどうか。例えば<男に都合のいい女>なんてバカじゃん、という視点が、その後[マイ・フェア・レディー!!](36巻P105~110)で展開されていますが、そういった一編だけではなく、39巻全部を通した美神の描かれ方、おキヌの変容、を探ることで見えてくる問題があるはず。特に、おキヌが現実の人間となり再登場すること。

04 106 1
「危ない、近づくな、おキヌちゃんっ!!」
 まだ、近づかせてくれない。

04 106 5
「かっ…勝てないっ…!! こんな嫁姑関係私にはムリ…!!」
 おキヌが一歩引いてしまったように見えるのだが、むしろ「嫁姑関係」だと幻想しているのがおキヌであることの方が大事であるように思える。

04 107 3
「!」
 「いつもそばにいなくて平気ですか?」(P70-1)という、問いかけられなかった問いかけへの答えを、(…平気に決まってるよな…)(P70-2)という<思いこみ>の対極のどこかで、横島は待っている。それに美神が答えてくれそうな瞬間にこそ、横島は「!」として反応したのだった。
 そして、そのコマ

f:id:rinraku:20201123100808j:plainが、おキヌが何かを言おうとしたときの横島の反応を描く「──!」のコマ(P86-5)とやはり構図を同じくしていることは注目されよう(汗の位置なども)。または、同じでなければならない。なぜなら、「いつもそばにいなくて平気ですか?」と横島が声にならない声を発したとき、横島が思い浮かべたのは、三人一体の姿だったのだから。

 ウラ側に、<思いこみ>と<声なき声での期待>との間の揺れを大きく抱えつつ、横島の「──!」と「!」とはあるのである。

04 109 2
「もう来ちゃったの? もうひと息だったのに…」「!」
 このコマを素直に読んで、前後の流れも穏当に考えると、ナルニアの大樹にファックスを送った「何者か」とは、最後の引き留めを期待しつつ(あるいは半ば確信しつつ+大樹を手玉に取りつつ)の、(4)百合子のしわざである、とするのが正解になるか。

 とはいえ、他の可能性も探ってみたくなるわけです。そうすると、まず(1)横島と(3)おキヌは論外。実はぼくは初読時には横島だとばかり思っていたのですが、横島は「事態をなりゆきにまかせるほど消極的ではないのだっ!!」(P97-5)と言っていても、「ヘンゲリン」くらいが彼の策略の限界で、逆に「大樹」にファックスを送る「手段」をとった「何者か」に比べて浅知恵であることがわかる、という構成になっているととるべきでありましょう。おキヌは「ぼーぜん」(P109-5)としているからこのことについては完全な傍観者。
 では、(2)美神もまた、「ぼーぜん」の文字がかかっているのだけれど、「……」という心内があるところ(直接は次ページの心内に続くはたらきのフキダシだが)は、おキヌと違う。これは、内心思うところがある、ともとれるのではないか。そこで注目したいのが、百合子の「もう来ちゃったの?」という発言への「!」という反応です。
 (4)百合子、ととると、この美神の「!」は、次ページ-1、(最初から最後まで向こうのペースだったのね…)へと至るきっかけとなる。(2)美神ととるとしても、次のページへのきっかけとなることそれ自体は覆らないのだけれども、
横島がいなくならないよう美神が大樹にファックスを送るという策略をこらす
 ↓
実際に大樹は来たのだが、目の前の百合子はそういう策略に係わらず、大樹の来ることを確信していたし、つまりは夫を、また全員を手玉にとっていた(美神にとっては大樹が来たことも本当にファックスが原因だったかはわからない─自分が介入してもしなくても絆の深いこの二人なら結果はいっしょだったかも)
 ↓
「!」
 ↓
(最初から最後まで向こうのペースだったのね…)
という流れで捉えられるのではないか、という提案をしておきたい。

(2000/05/30、06/05改訂。03/08/17新訂。20/11/23再録、増補、語句修正。引用は椎名高志『GS美神 極楽大作戦』(小学館<少年サンデーコミックス>、1992-99)、文中で同作の画像の引用をする場合はkindle版による。